水戸藩の宗教改革

願入寺は、天保年間（１８３０〜１８４４）の初期に火災に遭い、多くの伽藍を失いましたが、天保年中には豊かな財源によって復元をなしとげたようです。

その天保の頃になると、幕府や各藩の財政はいよいよ逼迫の度を加え、また、武士の生活もますます窮迫してきます。幕府においては、幕府財政の再興をはかるため、天保１２年頃から水野忠邦による綱紀粛正と奢侈禁止、貨幣改鋳、旗本や御家人の借金棒引きなどの改革（天保の改革）が行われるようになりました。

水戸藩においても第９代藩主斉昭公（左の写真）のもとで藩政改革に取り組まれました。その一環として、元禄時代の光圀公による宗教改革以来相当の時日が経過し、僧侶の堕落が著しくなり、かつ、領国経済と民衆生活に重い負担となるほどに寺院や僧侶が増えすぎたため、宗教改革が行われました。
  寺院の整理、僧侶の整理と風儀粛清、梵鐘や仏具の没収、葬儀その他の仏事・風習の簡素化など多方面にわたりましたが、仏教を厳しく規制する反面、神仏分離、神葬祭の実施、寺請制度に替る氏子制度を導入する等神道を尊重する特異な面がありました。

斉昭による祝町遊里の改革案

こうした宗教改革を推進した斉昭公にとって、願入寺門前の祝町に藩の公認の遊里があり、その運上金で寺の暮らしを立てていることは僧侶に相応しくないことと思えました。
  実際に斉昭公は、遊女屋をすべて那珂湊の方へ移し、寺にはその代償として千石程度を支給するという計画について郡奉行と相談したことがあったようです。また、その後天保１４年には、久米村の旧跡に戻すことに定め、移転に対する補償についても具体案を提示したようです。

そして、祝町の寺の跡地には新たに大遊郭を江戸吉原のような規模で建設して、土地の繁盛、士族の遊楽の場とする計画を立て、家老・若年寄・側用人たちに諮問しました。
  「吉原のような郭を造る、郭内に常設の芝居を許可する、茶屋をこしらえ飲食させる、着服その他規制のない別世界とする」というこの大歓楽場開設計画には、「祝町遊里の里」という名称さえある自筆の構想図も書かれたようです。今で言う「テーマパーク」ですかねぇ？（水戸市史中巻三）
  しかし、翌年の斉昭公の失脚で実現しませんでした。

「元治甲子の乱」の際に焼失

ここで一気に幕末まで跳びますが、この由緒ある願入寺は幕末の「元治甲子の乱」の際に、兵火に罹って焼失してしまいました。「元治甲子の乱」といいますのは、水戸藩内における尊皇攘夷を巡る路線の違いから起こった内紛であり、天狗党と諸生派が相争いました。大洗町の磯浜、大貫、祝町も戦場となりました。
  車塚古墳や日下ヶ塚古墳がある磯浜新町の高台には、異国船打ち払いのために斉昭公が築かせた砲台と海防陣屋がありました。諸生派がここを守備していましたが、天狗党に襲撃されて敗れ、願入寺へと退却し立て籠もりました。しかし不意の夜襲を受けたためここも放棄して逃げる際に、寺に火を放ったため願入寺は焼失してしまいました。願入寺が諸生派に宿舎や食糧を提供するなどの便宜を図っていたこともあり、天狗党からは諸生派と見做されていたことも背景にあったようです。

偶々見つけたのですが、『常陸郷土史ー東茨城郡』という本に、面白い記述がありましたので、真偽のほどは分かりませんが、ご紹介しておきます。
  「（夜襲にあった市川勢（諸生派）が逃げる際に火を放ち一面の猛火になった）この時、天狗の方の闘士に服部東馬といって祝町に道場を開き一刀流の指南をしていた人がある。彼は２，３人の同志を率い、堂内に突入し、それと覚しき物を抛り出し、担ぎ出した。宝物はかくて祝町の小松屋（女郎屋）の土蔵に運ばれ、以て今日の如く無事なるを得たのである。」

また、『大洗地方史』（江原忠昭）にも「寺宝は寺に近い妓楼小松屋の土蔵に寺侍で天狗党であった服部東馬によって運ばれていたので焼失を免れた。」とあります。
  （時代は異なりますが同じくかつて兵火に罹り焼失してしまった大洗磯前神社の場合には何も残りませんでした。大洗町における貴重な文化的拠点がいずれも焼失し、古文書の類がすべて失われたことは、返す返すも残念なことでした。） 　

大網綱子による復興

さて、幕末の焼失後願入寺がどうなったのかです。『勅願所  願入寺復興』という冊子が県立図書館にありました。願入寺第２４世住職の坊守（執事という表現もあります。）だった大網綱子が昭和１４年に編集し発行したものです。
  同冊子によれば、「元治甲子の乱」の際の伽藍焼失の後、しばらくは旧地久米村に蟄居していましたが、明治６年に現在地に仮堂を建てて復帰しました。しかし、この仮堂も大正６年には暴風雨のために倒壊したため、再度仮堂を建てたようです。

そして、冊子発行者の大網綱子坊守が昭和８年に願入寺の復興という大願をたてて全国行脚に出、浄財を求めて苦節４年、ようやく本堂建設工事に漕ぎつけたということです。昭和１１年１１月地鎮祭、同４日起工式を執り行ない、この冊子編集の時点ではまだ工事中と記されています。

復興工事予算は３０万円で、本堂、大講堂・宿泊所、御直堂、宝物殿、復興記念館、鐘堂、聖徳大師堂を造営するという計画だったようですが、現在見る姿は本堂と「開基堂」（石岡市照光寺の本堂を移築復元したもの）があるだけです。

本堂再建記念碑

調べてきたことはすべて書いておこうと思い、上述の「巌船山願入寺創建碑」（右上の写真）と並んで建っている「本堂再建記念碑」の文章もご紹介しておきます。

「元治の兵戦に焼失以来百有余年住職３代を経る。此間再三の計画ありしが無に帰す。
  依て現住職大網信照昭和８年本堂再建を発願、時の鳩山文部大臣より全国募財の認可を得、全国の旅に上る。以来、昭和１１年大谷光暢法主台下御親臨の許に地鎮祭を挙行、併せて起工式を行う。昭和１４年４月上棟式を挙行、併せて大谷光演法主台下御親修の許に上棟式報告の法要を執行す。其の後世界大戦に入り、加うるに２４世を継承されし御連枝大網演照住職急逝の悲運に遇ひ一時挫折となる。
  昭和１６年、時の坊守にありし綱子得度２５世の法灯を継承して信照と改名、住職を拝命再奮起。地元町村に願入寺復興顕彰会を起して、昭和２５年本堂瓦葺以来日夜寝食を忘れて大奮闘なしつつ、たまたま昭和３６年に親鸞聖人７００年の声を聞き、宗祖の大遠忌挙行の準備として檀信徒へ奮起を促して此処に檀信徒及び顕彰会の総動員によりて昭和３７年４月１１日全国に本堂落慶の報告をなし、同時に宗祖親鸞聖人の７００年の大遠忌を厳修す。
      昭和３７年４月１１日  発願主
        原始真宗・大網門跡  大本山願入寺管長  ２５世大網信照  謹書    」