浅田兄弟仇討事件（一）
成滝万助と浅田唯助の関係
江戸時代、文化文政の頃（１８０４～１８２９）、相州（相模の国・現在の神奈川県）小田原藩大久保家（１１万３千石）加賀守忠直の家中弓組の組頭・向井団右門の配下に「成滝万助」という若い足軽がいました。この男は１０人扶持という微禄でしたが、人一倍体も大きく、一刀流の達人のほかに、柔術、水練、弓道等の武芸を器用にこなし、侍としてはまず良くできた部類でした。しかし、無類の大酒呑みで、三升は楽に呑み、足軽の中でも乱暴者としての札付きの男でした。
その頃、同じ藩に普請奉行役宅に勤める１５０石とりの浅田唯助という侍がいました。この人は至って温順な気質でしたが、剣は新陰流をこなし、書道にも優れ、また大変器用な人物で、料理を作らせたら玄人はだしという腕前でした。上記の万助の妻の実家である料理屋に頼まれては時々出掛けて行き、得意の包丁さばきを披露し、趣味と実益を兼ねていました。
そうした関係もあり、万助と唯助はいつか兄弟のような大変親しい交際をするようになっていました。
万助の乱心、投獄
浅田唯助は、２９歳の後妻と６歳の連れ子の娘と３人暮らしでした。この後妻は「心ばせ貞節にして利発なり、又その美人たること大久保家中随一」と言われるほどの大変評判の良い女性でした。
その友人の妻を、多少自信過剰型の万助が、いつしか邪まにも横恋慕してしまったのが、事件のそもそもの発端でした。募る邪恋の炎に身を焼く万助は、唯助を亡き者にして、あの妻を奪って逃げてしまおうと、穏やかならざる決心をするまでに至ってしまったのです。
文政元年（１８１８）７月１２日の夕方、娘と庭に出て夕涼みをしていた唯助の背後に忍び寄り、いきなり斬りつけた者がいました。さすが新陰流の達人といわれた唯助です、一瞬早く跳び退き相対しましたが、恐怖に襲われた娘にしがみつかれて自由を失い、狂気のごとく刀を振り回す万助に斬り殺されてしまいました。
万助は妻の急報で駆け付けた役人に捕えられ、「乱心」ということで投獄されました。また、浅田家も１５０石の知行を召し上げられてしまいましたが、浅田家は譜代の由緒ある家柄でしたので、事件の事情も勘案のうえ、藩の特別の計らいで、養子鉄蔵に３人扶持を与え、浅田家は存続させました。
万助脱獄、仇討行
２年後の文政３年（１８２０）２月１３日の時ならぬ暴風雨の晩、万助は、同じ牢内の一囚人と語らって牢内で煙をたて、「火事だ、助けてくれ」と大騒ぎし、慌てて牢の戸を開けに来た牢番を殺害して、二人とも脱獄してしまいました。その上、足手間どりとその囚人をも殺してしまいました。相当の「悪」です。
これに怒ったのが父親と娘を殺された浅田唯助の遺族です。犯人に対する処分の曖昧さに不満があったうえに、逃亡されてしまったのですからもっともなことです。同年８月２１日に仇討許可願いを提出しました。藩はこれを許可し、当座の費用として金１０両を供与しました。養子として入っていた義兄の鉄蔵は２０歳、他所に養子として出されていた義弟の門次郎は未だ１１歳、若い義兄弟二人はあてのない仇討の旅に出ました。
それから１年余、上方方面の探索を虚しくも打ち切って、江戸へと下り、関東以北の探索に取り掛かりました。
その間、万助は上方ならぬ東北地方を彷徨しており、やがて金も尽き、山賊や押込み強盗などの悪行を重ねつつ転々と居所を変え、逃避行を続けていました。 文政４年（１８２１）５月頃には、水戸の城下に来ていました。