変身した万助

万助は、水戸に来てからも、一所に長く留まるのは身の危険と、半年後には湊村、さらに翌文政５年５月には祝町（現在の大洗町内）へと移って来ました。
  この当時の祝町は遊郭全盛の時代でした。常に各地からの種々雑多な人間が出入りしていて、人別帳や通行手形などを照合したりするような場所ではありませんでした。凶状持ちの万助にとっては願ってもない住み易い場所でした。

長い逃避行で心身ともに疲れた万助は、もうこの辺で落ち着き所を考えたのか、「万屋九兵衛」と名も改め、香具、小間物、きざみ煙草，ところ天、甘酒等を売る雑貨屋兼休み茶屋形式の店を開業しました。
  心を入れ替えたのか、それからの万助は、毎朝願入寺に参拝し、その境内を掃除するなど熱心な信者に変身し、次第にそれが人の噂となり、信用ができ商売も繁盛するようになりました。遊女たちの手紙の代筆や身の上相談等までいろいろ世話を引き受け、親身になって知恵を貸してやったりしました。近くの人の口利きで女房をもらうこともできました。

  浅田兄弟仇討なる

義兄鉄蔵は、東北地方からの探索から何の手懸りも掴み得ずに、１年ほどして江戸に戻って来ました。武家の若党奉公や町医者の下働きをして糊口をしのぎつつ、情報収集に苦心していました。
  文政７年正月頃に、水戸に額に刀傷のある男がいるとの情報を耳にし、義弟・門次郎を連れて水戸にやって来ましたが、手懸りが掴めません。そして文政７年３月も半ばを過ぎた頃、水戸で聞き込んだ情報を頼りに、湊まで足を延ばしましたが、結局これも期待は外れました。

悲嘆にくれた兄弟は対岸の祝町にある願入寺において一心不乱に祈願した後、一軒の茶店風の店先で偶然にも一人の大男の横顔をチラリと見た瞬間、鉄蔵はギョッとしました。額にある刀傷こそ、確かに心に刻んだ仇と狙う万助の何よりの証拠。
  しかし、相手は一刀流の達人です。今日のために剣術の修行に励んできたとはいえ、いまだ若年の身、力及ばず失敗してはそれこそ大変なことになります。その晩は２人で作戦を相談し合いました。
  翌日、万助の店に来ると不在。さては逃げられたか、と一瞬は青くなりましたが、女房に聞くと夕方には戻るとのこと。

夕方帰宅した万助は、女房共々晩酌を始めましたので、酔いが深くなる頃合いを見計らって、二人は買い物客を装って店に入りました。足どりも覚束ない万助が応対に出て来ましたので、一気に斬りつけこれを殺害し、宿願の仇討を成し遂げることができました。
  父・浅田唯助の非業の死から７年目、仇討の壮途に出てから５年目にして大願成就を成し遂げたのでした。時に鉄蔵は２５歳、門次郎は１６歳でした。そして討たれた万助は３３歳でした。
  塩漬けにした万助の首を持ち帰った兄弟は、一躍５０石に加増され、しかも藩主の子息の教導役（＝家庭教師）に任命されました。（めでたし、めでたし！）

  万助の供養

  一方の万助、首の無い胴体だけが願入寺の墓地に埋葬されました。また、人情深い土地柄だけに、万助に何かと世話になった遊女や町の人達によって供養塚が作られました。万助は万一に備えて仕込み杖を常に手放さなかったのですが、酔いのために最後のあの時は不覚にも刀が取れなかったのでした。武士としてさぞ無念であったろうと、その悔しいに違いない気持ちを察して、刀を供える者、線香を供える者が後を絶たなかったと言います。
  そして現在でも左の写真にあるように、万助堂の前には多くの玩具の刀が供えられています。