（�@）江戸時代以前

大洗は東は太平洋（鹿島灘）、西は涸沼と涸沼川に面しており、海水・淡水魚や貝類・海藻などの水産資源に恵まれた土地でした。古代から中世にかけて、ここに住む人々の生活において、こうした水産資源を採集し、食糧とすることは大切な営みでした。それは魚採り（釣る、突く、採る）というレベルであり、「漁業」と呼ぶレベルのものではありませんでした。
  「漁」は単に魚・貝などを捕らえることですが、「漁業」と言うには、魚介を採捕することが「職業」として反復継続して行われ、かつ、それによって生計を維持できるだけの規模で行われるレベルにまで熟することが必要です。そういう意味での漁業が行われるのは近世になってからのことで、それは「都市」の発達とリンクしていました。

コイ・フナ等の淡水魚類や釣魚・貝藻類採取がメインだった「磯辺採取および淡水漁業期」を経過して、「沿岸漁業の時代」を迎えたのは近世になってからです。
  しかも、極く小規模な漁は多少ずつ各地で行われていましたが、「漁業」と言えるレベルのものは、太平洋方面では大阪・和歌山（摂津・和泉・紀伊）辺りを中心に、日本海方面では京都・福井（丹後・若狭）を中心に発達したのでした。その目的とする供給先の中心は、何んと言っても当時の大都市たる京・大阪だったわけです。

それが江戸時代になりますと、江戸の大都市としての発展に歩調を合わるように、伊豆・相模・房総・常陸等関東地方に関西方面からいろいろな漁法が持ち込まれました。徳川家康が政策的に漁夫集団を呼び寄せ、奨励したケースもありました。
  すなわち、九十九里のイワシ地曳網漁業、房総の任せ網および八手網（はちたあみ）漁業、カツオ釣漁業、江戸湾のボラ敷網、タイ葛網、シラウオ四手網、貝桁網等の各漁法はいずれも摂津・和泉・紀伊等が発祥の漁法でした。

  （�A）江戸時代（イワシ漁）

戦国の混乱期が終わり、現在の茨城県の区域のほぼ全域を佐竹氏が支配する時代になりますと、城下町水戸の整備が進み、人口も増加し始めましたので、大洗（と言うよりは、「磯浜」というのが正確かもしれません。）は魚類の供給地として活気を呈するようになりました。しかし、まだまだ海沿いにまばらに家が建つ程度でした。

大洗（磯浜が中心）における江戸初期の頃の漁業は、「小型船による釣漁業或いは小規模な曳網・刺網など磯付漁業であった」と『大洗地方史』（江原忠昭著）にあります。また茨城県内の南北に長く伸びる海岸線の各所同様、鰯漁も小規模ながら江戸時代から行われていました。
  その後、九十九里浜の「地曳網漁」が県南端の波崎に伝えられ、江戸中期には鹿島灘沿岸全域（波崎から大洗辺りまで）に広まりました。関西の漁民が関東地方にまで出漁してきて伝わったもので、彼等の目的はこの頃関西方面で盛んになった棉作のための肥料にする干鰯や〆粕が目的でした。（「干鰯（ほしか）」は獲れた鰯を干しあげたものであり、「〆粕（しめかす）」は魚油を搾ったあとの鰯の亡骸のことです。）

イワシ漁業は今日では日本の漁業中最も重要なものですが、これが発達したのは近世以降のことで、それ以前は、産業としても、国民生活の上からしても、あまり重要なものではなかったようです。その理由は、近世以前においては、干鰯・鰯粕の魚肥としての利用がほとんどなかったこと、及び魚族の豊富な当時にあっては下魚とみられるイワシを食用に供することは今日ほど多量でなかったこと等にあったと思われます。
  しかし、日本の沿海に非常に豊富な魚族ですので、貝塚より発見される魚骨の中にはまイワシ・カタクチイワシの骨が見出されていることからも分かるように、既に縄文人によって漁獲されていました。

イワシは口が軟なので釣りでは獲ることが困難な魚なので、古くから網を以って漁獲していたはずです。しかも、沿岸にごく近く回遊・接近したものを、ごく簡単な曳網とか敷網で漁獲し、あるいは抄い獲ったのだろうと言われています。
  イワシ漁に専門の網ができ、この漁業が少々発達し出したのは、足利末期から戦国時代にかけてのことのようですが、それが特に発達し、名実共にわが国第一の漁業となったのは江戸時代のことです。

イワシ漁業が本格的に盛んになったのは、戦国の世が終わり、社会経済が安定的に発展し始めるとともに、イワシの食用としての需要が増加したことがその理由の一つとみられます。しかし、もっと大きな理由は、魚肥としての干鰯や〆粕が盛んに利用されるようになったことにあります。
  干鰯や〆粕が製造され始めたのは慶長年間のことらしいのですが、その使用がある程度盛んになったのは江戸中期以降とされています。江戸・浦賀・大阪・大津・金沢等各地に干鰯問屋ができて、最寄りの産地から干鰯・〆粕を買占め、これを諸国に売り捌いたのです。
  そして、これを稲作肥料に用いるほか、棉作・蜜柑・藍等の肥料にも使用しました。干鰯・〆粕の使用はイワシ漁業発達の結果ですが、逆にその使用の増大がイワシ漁業の発達を促進することともなったのです。
  （この部分は、『日本漁業史』（山口和雄）によっています。）

大揚繰網（おおあぐりあみ）という上方の漁法を初めて磯浜で開始したのは、関根若狭（慶長６年に磯浜の名主に任命された人です。）だと言われます。或る書（「水城金鑑」）に、若狭が元和５年（１６１９）に備中国七浦粟野村の網職人川上甚十郎を招き、大揚繰網という鰯網を使用する漁法を開始し「元網」と名乗ったとあります。「磯浜志」にはこの甚十郎についてはいろいろ伝わるがはっきりしたことは分からないと述べています。同時に、揚繰網の小規模な「小舌網」も伝えられたといわれます。（『大洗町史』）

「揚繰網」は魚群の周りに網を入れて囲い込んで、これを徐々にたぐって網を狭めながら魚を中央部にためて捕る施網（まきあみ）で、「大揚繰網」では漁船９艘、漁夫５０余人を必要とし、「小揚繰網」でも漁船５艘、漁夫３０余人を必要とするため、船の所有者達が「組」をつくって経営していました。  ⇒

江戸時代初期の元和から寛永（１６１５〜１６４３）にかけての時期に、上記の通りイワシ漁業を中心とした上方漁業が伝わり、鰯の大漁が続きましたから、磯浜には漁夫・網職人・干鰯の日雇い、干鰯を扱う諸国の商人など多くの人が集まるようになり、１７世紀後半までには海辺の一帯には多くの家々が建てられるようになりました。

こうした資源変動の減少期に見舞われたのかどうか分かりませんが、貞享期、元禄期（１７世紀後半）に最盛期にあった大洗におけるイワシ漁は、その後、享保から元文（１８世紀前半）にかけての小幅な増減期を経て、寛延以降は享和末に至るまで（１８世紀後半）、長い間イワシ漁の不漁が続きました。
  長い不漁期を抜け出せたのは文化のはじめ頃（１９世紀初頭）で、不漁期には減少が続いた揚繰網に代わって、「八坂網」が磯浜や湊に普及し始めました。八坂網は、大揚繰網を小規模化した「小舌網」を、さらに小規模化したもので、豊漁が続いた文政、天保期に従前の小舌網を駆逐しました。

大洗における漁業は、以上のように「イワシ（鰯・鰮）漁」に依存していたのは確かですが、磯付き魚を対象とした刺網や釣りも伝統的に行われて来ました。
  カツオ（鰹）漁も江戸時代には結構行われていました。現代と同じく一本釣り漁法で、好漁場である岩城領（福島県いわき地方）沖合まで出掛けていました。延宝８年（１６８０）には磯浜のカツオ船１８艘が岩城領沖合で大風のため遭難したという記録があります（『茨城県水産誌』）。
  その頃の磯浜の漁船は、砂浜に引揚げていたような小さな木造船で、しかも主に人力（風力、潮流も利用か？）で漕いで行くのですから、想像を絶する難儀な漁に思えます。が、とにかくカツオ釣り漁も盛んだったようです。