イワシ漁

江戸時代中期頃から行われていた揚繰網（あぐりあみ）とイワシ刺網に代わって、明治期になると八坂（八作）網が導入され、１１〜１３丁櫓の大型の網船２隻により行われるようになりました。すなわち、２張の網を繋ぎ合わせた網を２隻の漁船が左右に分かれて引いて魚群を囲い込む方式で、獲れたイワシを運搬船で市場に運ぶという大がかりで効率的なものになりました。  ⇒

イワシは千葉県沖から北上して、５月から６月頃に茨城県沖に回遊し、秋になると宮城・福島県沖から南下して、１１月下旬にまた茨城県沖に下って来ますので、２季の漁となります。
  また、カツオ漁はほとんど１本釣りで、カツオ釣舟もやはり大型になり、大きいものでは１１丁櫓・３５人乗りのものがありました。カツオも黒潮に乗って北上し、茨城県沖での操業は６月となります。

明治１０年代には磯浜の漁船数は５２１隻、漁夫（常雇）２、０８４人、漁家専業８０２戸という記録（濱〇録−〇には行篇に鳥という字、意味は「千鳥」が入りますが、変換・表示できません。）がありますが、同書によれば、３年続いた不漁と魚価暴落の影響でカツオ釣船、八坂網などの大型船が大幅に減り、明治２０年には専業魚家１９２戸、専業漁夫８８０人にまで減少したともあります。特に明治１９年のごときは、「１年間に網を投じたのが２，３回にとどまり、漁村挙げて糊口に苦しむ」という惨状が記載されてあります。

この不漁の後、明治２０年代後半には豊漁が続き、最初の発展期を迎えていました。イワシ漁とカツオ漁がメインで、漁獲高が急増しています。イワシは八坂網とイワシ刺網が行われ、カツオはほとんどが一本釣りでした。この発展の原動力は漁船の大型化であり、その結果として漁場が沖合に大きく拡がり、漁獲高の飛躍的な増大がみられたのです。
  漁獲額の面から言えば、タイ、キス、ヒラメなどの雑魚漁も比率が高く、磯浜の漁業の特徴でした。

カツオ漁

カツオは、交通が未発達であった江戸時代にあっては、鮮魚としての出荷はなく、もっぱらカツオ節に加工されていました。カツオが茨城県沖へ北上して来、さらに南下して来るのは８〜１１月と遅いため、脂肪分が多く、また、煮熟後２〜３回程度火で乾かして僅かに削りを加えた粗製品で、評価は低かったようです。
  （「煮熟」というのは、９０℃〜９５℃の熱湯で、約６０分〜９０分位の時間をかけて煮ることです。高温で煮ることで、タンパク質が凝固し、魚肉がしまると同時に魚肉中の水分が減少し、同時に、付着した細菌や魚体内の酵素の作用を失わさせます。）

明治３０年（１８９７）に水戸〜平間の「磐城線（今の常磐線）」が開通しました。製氷業の発達と相まって、京浜地方への鮮魚輸送が可能となりました。その頃、京浜地方では商工業の発達に伴って人口が増え、カツオに対する鮮魚需要が増えたこともありました。
  こうした要因が重なってのカツオ漁の盛況でした。

明治３０年の磯浜町のカツオ漁船数は６０、雇漁夫数は１，３２０人という報告があったようです（「茨城漁業の展開」−杉山　節著）。また、明治３２年（１８９９）には東茨城郡（磯浜がそのほとんどだと思われます）が県全体の漁獲高の第一位で、イワシでは全県の半分を獲っていました。

『三浜漁民生活史』（伊藤純郎著）に、この時代の三浜（磯浜・湊・平磯）の漁業に特色が次のように記載されています。

「  磯のたて網、平磯さんま、湊はいわしではやしこめ  」と言われたとおり、磯浜はたて網を主とする岩礁性、あるいは地元の雑魚を対象とする漁業であり、湊は八坂網から網（揚？）繰網漁法によるいわし漁を主とし、平磯は流網漁法によるさんまとまぐろ漁が主であった。
  その漁期は磯浜が「三月花見鰮五月入梅鰮六月鰹十月雑魚十一月御請（講？）鰮」の如く、鰮、鰹、雑魚を主とする五期あり、平磯は「春鮪ノ流シ網ヲ専トシ夏ハ鰹漁ヲ励ム秋ノ秋刀魚ノ漁ハ此町ノ特技トス」の如く旧１月から５月までの鮪漁の春職、５月から９月までの鰹漁の夏職、９月から１２月までのさんま漁と鰮漁の秋職の３期であった。湊は主に秋職とするも、平磯同様３期であった。
  漁法は磯浜がたて網、手繰網、つつき網による磯、沖磯魚であり、平磯は「鮪ノ流シ網ハ近浜ノ模範タリ」の通り流し網で全国にも有名であった。湊の鰮漁は、「享保年中白土次郎左衛門紀州ニ至リ鰯漁獲ノ方法ヲ見聞シ其職士ヲ雇イ来タリテ本町ノ漁夫ニ伝習セシメ大ニ改良ヲ加へラレント云ふ」の如く、享保期より始まり天保期の最盛期を経て、明治期まで続いた。
  漁船は風力による帆、手漕ぎによる櫓を推進力とする小さな和船であった。乗組員は明治２５年頃の鮪漁船が櫓数６〜９丁で乗組員１１人、３０年頃７〜９丁で１５，６人、鰹船は大型で２５年に２５人平均、３０年頃櫓９〜１１丁で約３０人、鰮船は本船（網船）２、手船１、曳船１の４艘で、本船は８〜９丁で２０人、手船は７丁で８〜１０人、曳船は６，７丁で５，６人の状況であったという。また、「伝馬船」と称する一人乗り、二人乗りの船もあった。いずれにせよ、時化にはひとたまりもなく遭難するものであった。
  当然漁場も制約を受け、地先を主とする沿岸漁業の域を出ず、魚の回遊の如何によって豊漁不漁と大きく影響を受けた。

明治４１年には、磯浜のカツオ漁が全県の３分の１を水揚げしたこと、磯浜町の漁船が５８８隻もあり、その内訳はカツオ釣船３５、サンマ流網６０、その他（主に雑魚）漁４９３、漁夫１，５００人であることが分かります（「いばらき新聞」）
  ここにあるように磯浜の船はタイやヒラメその他の雑魚を獲る小舟（伝馬舟）が圧倒的に多く、旧来の漁法が依然多数を占めているのが特徴でした。

大正２、３年頃の大洗町の漁業について、『郷土大観』に次のような記載があります。

期間ニ依リテ三職トシ、各職最高漁獲者ニ対シテ県知事ヨリ優勝旗ヲ授与サル
            春職        鰮漁  雑漁  鰹漁
            夏職        鰹漁    雑漁
            秋職      秋刀魚漁  鰹漁  鰮漁  雑漁

『大洗町史』にも、「漁業も大資本化と零細化の両極分解と転業をもたらしながら、操業範囲の急速な拡大によって５００万円の漁獲を得て第三発展期を迎えた。…茨城県は全国５，６番の漁獲である。県では最高漁獲船に優勝旗を授与するなどの漁業奨励策を行っている。…」とありますので、優勝旗の話は本当にあったようです。

また、『郷土大観』第２編第１３章に「（九）漁法」として、次の記載があります。

鰮漁    八坂網  揚操網  都突網ヲ使用シ後者ハ２艘、前者ニハ４艘ノ船（網船２・運搬船２）ヲ使用ス
　　鰹漁    一艘ニテ釣針ヲ使用ス
　　秋刀魚漁    流シ網ヲ使用ス
　　鱚船    網
　　章魚船    甕
　　姥貝船    マンガ
　　其ノ他ノ雑漁    多クハ釣ル

大正期も引き続き漁船の動力船化・大型化・機械化が進み、操業海域の拡大となりました。大正５年の茨城県の動力漁船数は２７９隻であり、そのうち磯浜町は５１隻を占め最多でした。そのほとんどが次に記載しましたように、イワシ・サンマ・マグロ漁業を兼業するものでした（「茨城の漁業発達史」）。
  大正中期における磯浜の漁業について、春職（１月下旬〜４月）には高戸沖より銚子沖４０海里でイワシ刺網・揚繰網、湊沖より銚子沖４０海里で「キス曳網」（ホウボウ・カナガシラ・ヒラメ・カレイ）を、夏職（７月中旬〜１０月）には金華山沖より銚子沖１００海里で「カツオ釣」を、秋職（１１月〜２月）には高戸沖より銚子沖４０海里で「サンマ流網」、キス曳網を行っていたとあります。（「茨城の漁業と大正デモクラシーの地域的展開」東敏雄・茨城大学人文学部紀要第１７号）

この頃は、「カツオ釣漁」と「サンマ流網漁」を平潟・湊・大津・久慈・平磯・磯浜・東下（波崎）と県下一円の漁村で、「マグロ流網漁」を湊・平磯で、「イワシ揚繰網漁」を湊・磯浜・東下で、「機船底曳網漁」を久慈・湊・磯浜・東下で、それぞれ行っていました。磯浜は「マグロ流網漁」以外のすべてに顔を出している、オールラウンドプレーヤーであったことが分かります。

この頃、機船底曳（「キス曳網」も底曳網漁）が発達して沿岸漁業の乱獲をまねき、沿岸漁場を荒廃させてしまう事態となり、磯浜の昔からの１本釣り、延縄はもろに打撃を受け、タイ、ヒラメ等の雑魚が急減しました。これをカツオ、サンマの好調によってカバーしていたのです。
  他方、大正末頃には４０〜５０トン級の２艘の機械船による揚繰網漁が始まりました。しかし、磯浜の漁業者はたとえ大型化に意欲があったとしても、磯浜掘割漁港がこのクラスに対応していないため制約を受け、他港の漁業者との競争にならない状態でした。（「漁港」の問題が大洗の漁業発展の上で、足枷となったことについては、「（４）大洗における漁港建設の歴史」において、後述します。）

大正期の磯浜の漁民の日常を、山村暮鳥が幾つかの詩に描いています。また、その暮鳥の磯浜における生活ぶりを記録した『鬼坊裏荘ー−暮鳥住みし頃の大洗−』（石井藤喜男） という本があり、そこにも当時の貧しい漁民生活が描かれています。
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