水族館についてのあれこれ（一）
水族館の誕生と成長
①ヨーロッパでの水族館の誕生
水族館は英語で「aquarium」（アクアリウム）と言います。
１９世紀半ば頃、イギリスを中心とするヨーロッパの上流社会において、海辺や小川で小魚やその他の生き物を採集して来て、それをガラスの容器に入れ、家庭において鑑賞する趣味が流行していました。このガラスの小容器を「aquarium」と呼んでいました。
しかし、海の生き物を家庭内で飼うのは、海水をどうやって運んでくるかという問題をはじめ制約が多く、所詮は無理なことでした。
こんなことが背景にあったのでしょうか、１８５３年にロンドン動物園内に「Fish House」がつくられ、台上に複数の水槽を並べ、ウニ、イソギンチャクなどを入れて展示し、公開しました。これが言うならば「水族館」の始まりというか、原初の姿でした。
ところが、これが当時のヨーロッパ社会で受け入れられ、各国の著名な都市にはこの種の水族館が盛んにつくられるようになりました。そして、これらも「aquarium」と呼ばれたのです。
以上のことからもお分かりのように、「aquarium」には「水族館の意味のaquarium」と「（小魚や小生物を入れて家庭に置き鑑賞するための）ガラスの小水槽」という両方の意味があるのです。
用語の混乱を避けるために、一般公開の施設である水族館を「public aquarium」、趣味的な小水槽を「home aquarium」と区別する向きもあるようです。（この他に、 大学付属研究所の水槽室・水族館を「laboratory aquarium」という場合もあります。）
水族館は動物園付属の施設から始まり、西欧諸国の著名な都市に続々とつくられたのですが、多くの人を集める効果が評価されて、「博覧会」の付属施設としての水族館が次々に出現することとなりました。しかも、恒久建造物としてつくられ、多くのケースで、博覧会終了後も残されて、一般に公開され続けられました。
博覧会水族館に次いで、大学臨海実験所や水生生物研究所の付属施設としての水族館も各国でつくられました。
この頃のヨーロッパの水族館に共通しているのは、水族館は非営利（non-profit）組織であり、自然紹介の場であるという基本認識でした。ヨーロッパでは今日でも、独立の水族館よりも動物園の一部となっている水族館の方が寧ろ多いのです。
②アメリカにおける発展
ヨーロッパの水族館建設ブームは、やがて海を越えてアメリカに渡りました。１８７６年のニューヨーク淡水水族館を嚆矢として、各地で水族館がつくられました。ヨーロッパ同様に、博覧会付属の水族館もありました。
アメリカにおける水族館も、スタイルとしてはヨーロッパスタイル（「水族」の種数をできるだけ多く収集し、できるだけたくさんの水槽に分別し、飼育し、見せる）の水族館が主流でしたが、特徴的なのは、個人の寄付金や遺産を受けて建設し、その後の運営の原資とする、すなわち独立採算のとれる単独施設としてつくられるという道が主流であったことです。
１９３８年にフロリダにつくられた「マリン・スタジオ」は、それまでのスタイルとは異なる新しいスタイルを採用しました。それまでの水族館の展示法であった多数の水槽を配列し、水族を種別に分別して展示する手法を採用しませんでした。
大きな円筒形と楕円筒形の各１個の大水槽だけで構成し、そして、水槽の壁に窓を開けました。今日では当たり前の「マリンランド・スタイル」を採用したのです。そしてそれは同時に、水族館を営利を目的として、私企業でも運営できるという可能性を示したものでもありました。
さらにショー的な要素を加え、観客の前で飼育員が魚にエサを与えたり、イルカやアシカが曲芸を行い、これに人間も参加するショーを展開するなど、演出に工夫をこらし、「娯楽性」を強調した水族館も出現しました。伝統的な水族館の概念を破るものであり、同時に、水族館の多様な表現の可能性を示唆したものでもありました。
いまでは、広大な敷地一杯に、 伝統的スタイルの水族館とマリンランド型水族館を配置し、さらにいろいろなプラスアルファを仕組んだ総合的な「娯楽施設」と化したものも出現しています。
しかし、こうした行き過ぎたショー化へ対抗するスタイルの水族館もつくられているというのが、如何にもアメリカ的です。
③日本の歴史
さて、それでは我が国における水族館事情はどうだったのでしょうか？
既にみたように、世界における初期の水族館は多くが動物園の付属施設でした。動物園に水族館が加えられることによって動物園のコレクションが豊富になり、内容が高まるという意味で付属水族館の存在はむしろ当然と思われていたのです。
我が国における最初の水族館と位置付けられるのは、１８８２年につくられた上野動物園内の小水族館「観魚室」（うをのぞき）でした。やはり動物園付属施設でした。
しかし、日本ではヨーロッパと異なり、動物園付属の水族館は本流とならず、動物園付属、大学付属施設、博覧会付属水族館、会社または私立の水族館と、多様な形態の水族館がつくられました。
太平洋戦争終戦後になると、地方公共団体のつくる公立水族館の開館がブームとなりました。水族館の集客力を頼んだ観光開発・地域振興という狙いだったのでしょう。
その後、１９５７年には、「江の島マリンランド」がイルカショー専門の水族館として、また、「実験展示」を取り入れるなど動的な展示の導入や教育と研究機能を重視した「神戸市立須磨水族館」がつくられました。
１９６４年には、水族館史上初のドーナツ型回遊水槽によるダイナミックな展示方法の採用、女性ダイバーを魚と一緒に泳がせるショー的要素の導入、繁殖研究にも先鞭をつける等オリジナルなアイデアを創出した「大分生態水族館」（私立）がオープンし、１９７０年には鴨川シーワールドがオープンし、はじめてシャチの飼育と調教に成功し、アメリカ流を取り入れたイルカ類を中心とした海獣ショーを展開し始めました。
また、１９７１年には、海中展望塔と水族館を結びつけた海中公園型水族館を実現させた「串本海中公園センター」がつくられました。
ようやく外国の水族館の展示手法を直訳的に採用するのではなく、独創性を追及するような動きが出てきたのである。
そして、１９８０年以降には、それまでとは比較にならない巨大な規模の「大量動員型の大型レジャー水族館」と呼ばれる巨大水族館がつぎつぎにつくられました。東京都の「葛西臨海水族園」（１９９３）、大坂の「海遊館」（１９９０）、「名古屋港水族館」（１９９２）、「鳥羽水族館」（１９９４改築）、「沖縄美ら海水族館」（２００２）などである。
他方でこれらレジャー型水族館とは逆に、規模の大小や面白さにこだわらない教育と研究に軸足を置いた水族館も現れました。相模原市立「ふれあい科学館」（１９８７）、「千歳サケのふるさと館」（１９９４）、滋賀県立「琵琶湖水族館」（１９９６）などです。水族館コンセプトの多様化の時代と言えましょう。