（一）「天狗党の乱」のあらまし
『三浜志』
『三浜志』（泉彦九郎著）に、「本町（筆者註：磯浜町）ニ関スル軍事」として、大洗町に関する部分を中心に、天狗党の乱が要領よくまとめられています。（句読点は筆者が適宜付し、読み易くしました。）
元治元年甲子、湊・小川・潮来ノ攘夷党ノ屯集スルニ当リ、同年五月水戸藩老市川三左エ門等弘道館ノ諸生ヲ嘯集シテ巌船山ニ屯集シ、攘夷党ヲ誅鋤センコトヲ謀ル。已ニシテ市川党江戸邸ニ至リ、順公ニ見テ之ヲ請フ。
先ツ、筑波勢ヲ撃ツ。利アラズシテ国ニ還ル。是ヨリ前ニ、攘夷党モ亦市川党ヲ訴エンガ為ニ江戸ニ赴キ、小金駅ニ屯集ス。是ニ於テ宍戸侯ヲ奉ジテ国ニ帰ル。
市川党ノ為ニ撃退セラレ、転ジテ湊ニ入ントス。伊藤辰之介ノ撃郤クル所トナリ、亦転ジテ平戸村ヨリ本町ノ海防陣屋ニ入リ、勢ニ乗ジテ巌船山ヲ攻ム。守将川上捨次郎曰ク、是ハ我ガ死日ナリト。大白ヲ挙テ大ニ酔ヒ衆潰ス。捨次郎之ニ死ス。因テ巌入寺ハ兵火ニ罹レリ。十六日、攘夷党暁ヲ侵シテ湊町ヲ襲テ之ニ拠ル。潮来館ノ渠魁林五郎三郎本町ヲ守ル。諸藩ノ兵幕命ヲ奉ジテ来リ攻ム。大貫ニ陣ス。
九月十九日、五郎三郎直チニ大貫ニ陣セル佐倉藩勢ヲ撃チ、奮撃突進シテ丸ニ中リテ死ス。其兵祝街ニ退ク。廿一日、井田平三郎、朝倉源太郎等五郎三郎ノ僕金五郎等百余人ヲ率ヰ、高崎藩勢ヲ撃テ之ヲ破ル。時ニ水門館勢雨宮鉄三郎、小貫忠三（水戸野史ニ木村穂介此戦ニ與ルモノトアレドモ木村ハ八月十六日ニ銃傷ヲ負フテ治療ヲ加へ居レリ 此戦ニ臨ムコトヲ得ザリキ）等佐倉勢ト苦戦ス。朝倉赴ムキ援ヒ大ニ敵兵ヲ破リ退テ本町ニ還ル。
其明ニ、幕兵市川勢ヲ合セ本町ヲ攻メ、火箭ヲ以テ本町ヲ焼ク。攘夷党祝街ニ退ク。幕兵大洗山ニ拠ル。攘夷党終ニ湊町ニ退ク。
幕兵及ビ鎮党藤田健次郎、戸田藤三郎等代リ陣シ、以テ湊勢ヲ攻撃セリ
@藩内争闘の芽
水戸市谷中の常磐共有墓地に隣接して在る「水戸殉難志士の墓」には、元治元年の乱で亡くなった志士のうち氏名が判っている３７４名の墓碑が、大正３年に建てられました。
その墓域の前に設けられた石碑には、元治甲子事変殉難者として松平大炊頭頼徳外７３名、同じく元治甲子事変殉難者榊原新左衛門照煦外９９０名などを含めた１,７８５名の霊を鎮めるために昭和８年に「忠魂塔」が建てられたと刻まれています。
「元治元年の乱」は、「元治甲子（げんじ かっし）の乱」或いは「天狗党の乱」とも呼ばれますが、これは元治元年（１８６４）に尊皇攘夷運動の魁とならんとした水戸藩士達による筑波山挙兵に始まり、その後繰り返し生じた一連の藩内の争乱と幕府軍・近隣諸藩軍との戦争を言います。
きっかけは「尊皇攘夷運動の魁」となることにあったのですが、次第に水戸藩内の内訌、骨肉相食む党派間の争闘という経緯を色濃くしていきます。
水戸藩第８代藩主徳川斉脩（なりのぶ）（哀公）には嗣子がなく、後継者の指名がないまま重病に伏してしまいました。当時財政破綻状態にあった水戸藩の重臣層（門閥層）の大多数は、幕府から財政的支援があることを期待して、斉脩の正室（峰姫）が第１１代将軍徳川家斉の子である縁から、将軍家から次の藩主を迎えるべきであると考え、幕府のその筋にも働きかけていました 。
これに対して、血脈の近さから斉脩の異母弟・敬三郎（斉昭）を推す藤田東湖や会沢正志斎らを中心とした藩内少壮の士の一団がありました。彼らは、斉昭擁立を主張して、大挙して江戸藩邸に押し掛け、また、幕府要人に直接働きかけたりしました。
両派互いに譲らずお家騒動の様相を色濃くし始めましたが、そんな際に徳川斉脩が没し、敬三郎を後継者にという斉脩の次の遺書が出てきたため、敬三郎が第９代水戸藩主となって決着が付きました。
「我が生母は賤しき女にて、御父武公のお心に叶ふといふにはあらねども、我を生みて、武公も本意なく思召し、御世継は敬三郎殿にとおぼしけるを、祖父の文公（水戸６代治保、文化２年１０月没）の御辞に、長子をおいて次子を立つるは正道に非ずと仰せられしままに、我譲りをうけたり。又敬三郎御母は堂上人の娘にて、素性も良きに、我母と仲悪しきを如何せん。母子の愛情にひかれて敬三郎殿を疎んずるにはあらざるも、暫し黙し居りたるが、今は一日も早く敬三郎殿に国を譲り、安らかなる身にならんと思ふなり。」
（茨城県郷土文化研究会の機関誌「郷土文化」第４９号中の小林義忠氏が論稿「幕末の天狗党秘史ー水戸藩に於ける悲劇ー」より引用）
この斉昭擁立に動いた集団は、斉昭に登用され、斉昭を補佐して水戸藩の天保の改革を主導しましたが、反対派からは「一般の人々を軽蔑し、人の批判に対し謙虚でなく狭量で、鼻を高くして偉ぶっている」ということで、天狗派と呼ばれるようになりました。
斉昭も、「江戸では高慢な者を天狗と言うが、水戸では義気があり、国家のために忠誠を心掛ける者を天狗というのだ」と自慢していたという説があり、これが根拠であるという説もあります。
また、筑波山挙兵後に、軍資金や食糧の提供を強要したり、放火・略奪・殺戮等の乱暴狼藉を働いたため、「おそろしい天狗」という意味で「天狗」と言われたのだという説もあります。
A筑波山挙兵と藩主名代の派遣
筑波山で挙兵した水戸藩士達を「天狗党」と言いますが、その挙兵の大義・名目は「先君斉昭公の遺志に基づく尊王攘夷」でした。これに対し翌年４月から５月にかけて水戸藩校・弘道館の書生たちが、願入寺等に集まり「諸生派」を結成し天狗党に対抗しました。
幕府はこの筑波山挙兵に対し、その鎮撫を水戸藩に命じました。同時に、「賊徒」として幕府直属の追討軍を差し向けることとしました。
しかしこの時、徳川御三家のうち尾張公は長州征伐の任にあり、また、紀州公は在国中であるため、のこる御三家の一つである水戸藩主は江戸を留守にできません。そこで、水戸藩の支藩・宍戸藩の松平大炊頭頼徳公を藩主名代として鎮撫のため派遣することとなりました。（「水戸幕末風雲録」）
当節容易ならざる形勢に付ては、中納言様御取敢へず御帰国遊ばさるべき所、京地に於て長州人共乱妨に及び候始末容易ならざる次第に之あり。猶又江戸表の儀も紀伊様には御留守中、且不穏時勢御暇の儀申立兼られ候御程合に付ては御據なく御取締筋の儀は勿論諸事大炊頭様へ御直に仰談せられ名代として今般御同所様御下向相成候儀、此段承知奉り申す迄も之なく候へ共子弟等万一心得違重役へ対し不敬の所業之なき様心懸らるべく候
- 一 御家中の族近来自然党派相立人心区々に相成り居合兼候段深く御憂慮遊ばされ候 御家中は一体の儀に候間一統熟知いたし、文武相励候儀は勿論、御奉公専一に心かけ御家中一統至誠を本とし忠孝の風に赴き候様にとの尊慮あらせられ候間頭立候族は別て思召の程感戴奉り支配々々子弟等に厚く説諭いたし候様致さるべく候
- 二 此度御下向に付ては存意之ある族は封書を以て申立候様致さるべく、尤も封書は支配頭手許へ指出し申すべく候、猶又近来御城御殿中へ子弟等相詰御同役筋へ存意等申立候族之あり手越の致方に候條存意申立候はば其支配頭へ申立らるべく候。
松平頼徳公は、水戸郊外吉田の薬王院に到着するや、藩主名代として水戸城へ入城すべく交渉しますが、諸生党の市川三左衛門によって拒まれてしまいます。頼徳公単独でならOK、筑波勢など尊攘派を入城させるわけにはいかない、というのが拒否の理由でした。
（「薬王院」について、別頁に紹介しておきましたので、ボタンをクリックしてご覧ください。
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すなわち、松平頼徳公は家臣１３０余名を連れて江戸を立ちましたが、まず丁度江戸に上がっていた山国兵部一行が、そして常陸の国に入ると武田耕雲斎一行も付き従って来ました。さらに筑波勢も参加したいと願い出て来ましたが、さすがにこれは拒否されました。それでも勝手についてきていました。あれやこれやっで、約３０００人の混成部隊に膨れ上がっていたのです。